カカオ70%

★ 「自分が」どうするのか、どうしたいのかを整理します。

人間関係の「楽」は、自分にとって価値がある時間

5月は

人付き合いで痛い思いをしたが

自分の気持ちを確認することができたので

忘れないように書いておこう。

 

歴史が刻み込まれているから

一般的には珍しい共通点があるから

稀有な存在として

特別視していたことは

気がついた時には

かなり錆びついた置き物になっていた。

 

心のどこかで

こんなに長く付き合ってきたのだから

相手を嫌になりたくない。

と、思っていたけれど。

 

「今」の私は「あの時代」の私とは明らかに違う。

 

自分の状況や状態で

話したくない。会いたくない。相手を

友だちとして繋がるには無理がある。

と、心底実感した。

 

そもそも

プライべートにおいて

人付き合いとうものは自由なものなのに

本質を見ないように避けたことで

自分自身の気持ちを封印して窮屈にしていた。

 

どっちが悪い、正しい。のではない。

2人とも

パッチとはまるパズルのピースが手元に無い。

空いた穴を大きく調整しようとするのではなく

それぞれの道へ。

 

 

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痛いこともあったと同時に

自分がこういう人と時間を

共有できたら嬉しい。ことも確認できた。

 

前回の記事でも書いたこと。

私は、人に相談するタイプではない。

 

例外として

相手が

知識として持っている内容については

自分が思っていることを話してきた。

 

今回。

アドバイスよりも

ただ聞いてもらうだけ。

その時間だけでも柔らかい空気の中で癒されるということを

身をもって理解できた。

 

ずっと前までは、私はそういったふわっとしたもの

具体的な解決の糸口にならないようなものが

感覚として苦手だった。

 

でも、私が弱っている時に

詳しいことを話さなくても

ウンウンと聞いてくれて

「大丈夫」と聞き終わった後に言ってくれた友人。

 

ネットで知り合った人とのメールのやり取りで

気持ちを想像して書いてくれた文面を読んだ後

 

心が軽くなった。

 

そして、何よりも

ああ、この人と話していると楽だなぁと思った。

 

過去記事で友達について色々書いた。

自分の気持ちが明確でないまま

思考錯誤していた記事だったけれど

書いていた時期もずっと

私は、「楽さ」を求めていたことにも気がついた。

 

自分がリラックスしていると

相手にも伝わる。

具体的な何かがなくてもいい。

ただ、その時間だけが自分にとって価値があればいい。

 

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