カカオ70%

★ 「自分が」どうするのか、どうしたいのかを整理します。

見える風景は変わっていくもの。

過去の記事で「友達」について書いた。

 

この記事とか

価値観とともに変わっていく人付き合い - カカオ70%

この記事とかで。

若い時代の交友関係を振り返る。 - カカオ70%

 

 

ある友人を思い浮かべながら

書いていた。

 

社会人になって間もない頃に

語学スクールで出会った。

私達には

同じ年齢である以外にいくつか共通点を持っている。

目立ったところで言うと

同じ名前(漢字まで同じ)であること。

誕生日が1日違いであること。

大袈裟かもしれないが

こんな情報が

その時代の出会った若い女子2人とっては

面白かった。

旅行を含めて様々な場所へ共に出かけ

たくさん話してきた。

 

共通点が多い若い2人が見る景色はどこか似ている。

それは

「違う」部分が浮き彫りされたとしてもカバーしてくれるし

目の前に楽しいモノが落ちていれば

一緒に拾うことができた。

 

でも

昔話として

若い時代を語る年齢になると

私が見る景色は全く違うものになっていた。

 

仕事やプライベートでの

大きさや重さはそれぞれ違うのだが

考えなければならない課題が確実に増えた。

 

同時に

気づきと学びも増えているけれど。

 

一方、同じ年齢を重ねてきた彼女が見ている景色はというと。

 

歳は取ったが

今でも20代前の女子と話している気分なる。

 

周りの人間関係も殆ど変化がない。

その中で雰囲気が変わった私の方が

彼女からすれば『わからない』感じに見えるのだ。

 

何だかんだって

長い付き合いで一番近い友人だったのだし

と。

小さな望みは持ったこともあった。

 

が、結局

心の中のため息は消えず

 

自分の本心を語ることが減り

現在に至る。

 

いい人だし

言葉通り受け取るので

あまり深読みされるよりも

ある意味気楽な時もある。

 

だが

2年前から私は色々と理由を付けて

彼女と距離を取っている。

 

お隣同士の誕生日だけは

暗黙の了解でメッセージを送り合う。

 

私が定例文のメッセージを送ったのに対して

友達からは、色々書かれており

締めくくりは

『又、普通に会える日を祈っている』だった。

 

相手は

少し、気遣うような。

何かを感じているのかもしれない。

 

私の方も相手を友達として見ていると思うけれど

ハッキリしない。

 

とにかく

会いたいタイミングに

なっていないということだ。

 

 

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