カカオ70%

★ 「自分が」どうするのか、どうしたいのかを整理します。

「弱さ」をネットで書くことについて思うこと

おそらく

身近な人間あるいは自分自身に

「病」というものが身近になったとき

普通ではいられない。

もしも

「風邪も引かない。健康に自信あり」と

豪語してきた人でも

「病」と直面すれば

不安や悲しさの感情が溢れだすのは

自然なことだろう。

 

止まらない感情を

吐露する場所を探すとき

今の時代なら

ネットにツラツラと書く人は多いと思う。

 

私は、そういったネットの使い方をすることで

得られるものが有ると思っているが

 

書くならば非公開で書く。

あるいはそのためだけに他のブログサイトに登録して

コメントもOFFにする。

書きつくす。気が済むまで書いて

自分の弱さをさらけ出す。

そのうちに、感情を吐き出すことに飽きてきたら

削除をする。

 

そして、落ち着いて考えられるようになったら

コメントのやり取りをしている場所で

その時の気づきを忘れないために記録として残す。

淡々と。

 

実生活で話せる人がいても

感情を吐露するということは

言葉にならないほどの感情を吐き出すということ。

その場所は、自由でなければならない。

誰かに読んでもらう。という意識ではなく

頭の中を空っぽにして、ただただ心で話したい。

 

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私は、一人の世界に入って吐き出したが

これから先は、感情が満杯になっている時に

誰かに聞いてもらい、話を聞きたいと思うかもしれない。

その時には

同じ状況を体験している人達が集まる場所を選択したい。

 

が、 

人によっては

知らない場所では書けない。

見慣れた場所でなら書ける。という人もいいる。

日常的な記事を書いていた場所ならば

「ここでなら、苦しい感情をありのまま出せるのかな」

と思うのかもしれない。

私も、そうだった。

 

ただ、こういうサイトで書くときには

1つ外せないことがあるような気がしてならない。

 

それは

友好関係を築いてたのか。

が、クリアになっているのかということ。

 顔馴染みなら

自分がドタバタしていようが

心配したり、励ましてくれる人もいるかもしれない。

 

ベースが無かったら

チラっと開いて読む人はいても

苦しみを吐露していても空振りになると思う。

 

普段関わっていなければ、読まない人もいるし

開いたとしても、普段のコミュニケーションがなければ

「知らない人」という括りで

気持ちが入らないというのも仕方がない。

 

サイトの雰囲気は、印象で留まり

 

それ以上ではないし

書いただけで、求められるものでもなく。

 

弱い自分。底に落ちてしまった自分を

癒される場所を雰囲気だけで選んではいけない。

 

吐露できる場所は、そこだけではないのだから。

 

必ず他に存在する。

一眼レフカメラ