カカオ70%

★ 「自分が」どうするのか、どうしたいのかを整理します。

思い浮かぶ顔たちのために

今回のことで
同時に浮かんだ顔、顔、顔。

前の場所では自由に選べたスケジュールを

私の都合に合わせてくれて

お金を払ってくれて

心良く私との所へ来てくれている人たち。

新しい場所の話をした時に
「光が見えました」
「聞きたいことが聞ける場所があって良かった」
と、喜んでくれて
もう一人の60代のベテラン元同僚も
同じく近くの場所でやることをアナウンスしていたのに
私の方が「わかりやすいから」と言ってくれた人もいた。

新しい場所で1人でやることは
想像以上に大変で
ドタバタした1ヶ月だったのにも関わらず

ニコニコ笑って、来てくれていた。

だからこそ、この時間を楽しんでもらえるように。
明るい雰囲気を作って行こう。

と、思いながらやってきたが

ある人間のことで受けたショック抜けきれず
このゴールデンウィークの休みの間
今までのようにやれるのか。と考え込んだ。

それでも
下がったモチベーションの中でも
他の人たちの顔が消えなかった。

段々と怒りも込み上げてきた。

なぜ

他の人達の対応をするのに

たった1人の
影響を受けなければならないのか。

失敗も後悔もしたし
反省もしているが

あんな酷い言葉を投げかけられるような事はしていない。
と、断言できる。

だったら

他の人との線引きを心の中ですればいい。

私が、プロならば
今の仕事を生業としていくなら

それができるはず。

下を向いている場合ではない。

 

後悔と失敗が両方来る厳しさ

久しぶりに会った友人に

一気に更新した記事の内容を話すことができなかった。

これまでは、仕事で関わる人たちのエピソードを

たくさん話してきたのに。

 

どうしてなのか。話すことを避ける理由は何なのか。

 

その答えは、直ぐに出た。

 

会った相手が

組織という基盤の中で、長く会社勤めしている人とうこともあるが

 

失敗と後悔が両方あったからだ。

 

失敗は相手を見極める失敗。

 

過去の記事に書いた通り

私は元来

仕事上の人間関係は浅く。というのを信条にしていた。

相手に期待することなく淡々と接する。

だから深入りすることもないし、線を引く。

 

その私が、初めて人と関わる仕事に挑戦した場所で

小さな失敗を修正しただけで

慣れない仕事を何とかこなしてきた。

 

その慢心する気持ちが

相手を見極めるセンサーを狂わせた。

 

1度は

相手を受け入れる時に「無理だろう」と思って

声をかけない。という判断をしたのに

 

それを、短い期間で「大丈夫だろう」と誤変換してしまった。

 

無理から大丈夫に切り替えた自分の後悔がなかなか消えることがない。

 

判断の失敗と後悔する気持ちを抱えながら

これから相手と接しなければならない。

 

この休みの間に

仕様を変えて

過去のセンサーを取り戻さなければならない。

 

 

 

学んだこと。書きあげる。

反応があった時、ショックだった。

私が相手に対する
これまでの対応を考えれば「こんな言葉」を書けなかったはずだ。

それを一部分だけを切り取って感情的なメールを送ってきた。

とりあえず、話はまとまり解決はしたように見えるが
心の中は晴れない。

しかし。

私の方に不備はなかっただろうか。

今年に入って、チグハグな会話が何度かあった時に
修正していたら違った形になっていたかもしれない。

上手く行かなかったことを、何とかするために
目的の端ぐらいは見えるようにしなければならない。
と、焦りもあったことも事実だ。

相手に対する苛立ちも、あった。
見せないようにしていたが、言葉の端々に感じるようなことも
あったかもしれない。

最近。

周りに関係のない人にまで空気が伝わってしまうのは
マズイ。と感じたばかりだった。

やり過ぎ。考えすぎ。指摘された通りだ。

私は、自分から言い出さない相手を
我慢しているのではないか。
本当は、こうしたい。という気持ちがあるのに
やらされている。と感じているのではないか。

と、考えてしまっていた。

そこまで、考える必要はなかったのだ。

相手は、自分でプランを考えることができるなら
今の場所に通うようなことはしない。
お金まで出して。

私が「これから、こうしましょう」と提案したことを
「はい」と言った。

だから、そうすることになったのに
「これでいいのか」と疑問を感じてしまう余計なことをした。

これからは

淡々と進めていこう。


やり過ぎず、普通に。丁寧にやればいい。

そして、目の前の状況だけを見ればいい。

人と接する人をする時に

一見、そうは見えないかもしれないが
サービス業でもある。とボスが言われて
最初は理解できなかった。

徐々に、その意味を把握すると

前の場所では、割り切ってできるまでになっていた。

それなのに。

新しい場所で、一人になった時できていたことを
スッカリ忘れていた。

仕事をしている相手は友達じゃない。

親しげに話しても、線は必ず引くことだ。


キャリア歴が豊富な
前の場所での60代前半の同僚が
今、1年余りの私と
違う場所で同じことをしている。

そのことが、知らず知らずのうちに
私を調子乗らせたのかもしれない。

他の人にもそうだが

余程の緊急ではない限り

メールや電話は止める。

仕事というカテゴリーに存在する
心の内を明かすのは間違っている。

 

間違いを認めることは

自分を守ることにもなる。

 

忘れない。

混乱でグルグルと回る

想像していなかった反応に

ビックリして、手足が冷たくなった。

説明しようとしたが、相手は聞き入れなかった。

相手から届いたメール内容。
電話での声のトーン。言葉の使い方。

全てが、これまでとは別人だった。

新しい場所へ案内したことの

後悔。繰り返し頭の中でグルグルと回った。


しかし、放置しておくわけもいかない。
対処をしなければならない。

前ボスに電話をかけた。
電話をかけた理由は、前の場所も関わってくる話だったからだ。


前ボスは、いつも淡々と話す。
感情を表さない人だ。

ここまでの経緯を話すと
相手の感情的にさせた部分はココだ。と指摘した。

前ボスから
「誤解をしているだけなんだから」と
こうすればいいよ。
と、言われるものの

私も相手も冷静な話し合いができる状態ではなかったので

バトンを前ボスに渡した。

そして。。前ボスから「円満解決したよ」と報告が入った。

あの問題は?
この問題は?

矢継ぎ早に質問をすると

誤解が解けたから、そんな問題は出てこなかった。と。

そこから、

あなたは

「考えすぎ」「やり過ぎ」

予定したことを、順番にやって行けばいい。

と、アドバイスをされた。

電話を切った後、相手からのメールが届いていた。

これからもお願いします。
任せます。

といった内容だった。

私の方からも「この度は....。」と謝罪のメールを出した。


一応解決したが

殆ど眠れず朝を迎えることになった。

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やり過ぎが生み出すもの

数か月接すると

あー。この人は、こういう人なんだ。性格判断するようになる。
プライベートの関係なら、短期で判断することはないけれど
それを含めての仕事でもあるから。

穏やかで、大人しい。
ただ時おりプライドみたいなものを見せる。

私の見方がこうだった。

自分一人でやるようになって
上手く進んでいないことが自分の頭の中で膨らんできた。

どうしたらいいのか。

資料を、たくさん作り渡した。

そのたびに相手は「はい」と言う。

前の場所では、直接メールをすることはなかったが

今は、連絡のツールとしてメールは必須だった。

狭い場所で、前とは違いゆっくりじっくりと話すスペースも
時間もなかったので

メールを使うようになった。
電話もかけることもあった。

そう。結果から言うと

私は明らかに「やり過ぎた」のだ。


過去に戻るとしたら、いつ?なんてテーマがあれば

3月に戻りたい。起動修正したい。

今でも思ってしまう。


私のやり過ぎが要因となり

相手の想像していなかった顔を見ることになった。

チグハグな会話 甘い考え

前の場所に来ていた人の中に

身体の不自由な人がいた。

その人のことを受け入れることに不安がなかったわけではない。

気を使わなくてはいけない。という気持ちは常に持っていたが

ボスの存在は「1人で対応するわけじゃない。何とかなる」と思わせた。

 

さらに
その人が真面目に取り組み

私にとって、手間がかかる人ではなかったことも救いだった。

 

それよりも面倒な人はいたから。

 

ただ、一つ頭を悩ませていたのは

その人がなぜ、その場所に来たのか。という目的だった。

 

対応をしながら

本来の目的に到達するまで相当な時間がかかる。という
現実を何度も目の当たりにしなければならなった。

 

1ヶ月2ヶ月...。入ってから4ヶ月。
現実的な話を伝える義務がある。

 

相手に話す時、ゆっくりとじっくりと伝えた。

相手も、頷き。わかりました。と応える。

 

このような会話は1度だけではなく

今年に入ってからも2度あった。

 

そのたびに、相手はわかりました。はい。と応えた。

 

どうして進まないのか。
進めることができないのか。

 

その人の持っている状況は

やはり難しいということを認めざる得なかったし

相手の負担を考えると「頑張って」という言葉をかけることはできなかった。

 

それでいて、本人が不足していることの自覚がないようにも見えた。

 

チグハグな会話が、今年に入ってから何度かあり

私の中で、その人のことを「問題」として悩み始めた。

 

前の場所が、ある理由で閉じるという事になった時

誰からも異論がでることはなかった。

 

仕方がない。いう認識があったからだ。

 

これまでは雇われの身であっても

自分1人で始める時には、やり易い環境からスタートしたい。と

来てもらいたいメンバーを選んだ。

 

次への準備をしている最中に、

その人をメンバーに入れるか迷った。

 

正直、心配だった。誰かのバックにいないところで

負担になるのではないか。と。

考えて、考えて。

「こういう場所があるということだけ覚えておいて下さいね。」

誘うというよりも、軽く声をかけたつもりだが

 

向こうの反応は

「お願いします」と即答だった。

 

アッサリと来ることが決まり

周りから「良かったよね」と言われて

そうなのかな。大したことはできないけれど
人助けに少しななっているのかな。

というふうに、前向きにとらえていた。

 

しかし。。現実はそんな甘くはなかった。

まさか。のゴールデンウィークの始まり。

去年の春に仕事が変わり

その仕事を引き継ぐように
今年の4月から、場所替えして一人でやっている。

前のボスが道筋を作ってくれたので

場所選びに苦労はなかった。

 

それでも

運営やシステムを考えなければならず


自分一人でやれるのか。不安を覚えつつのスタートだった。

反面
自由にできる。という気楽さもあるのではないか。
という楽観的な考えもあった。

 

前の場所から「来たい」と言ってくれた人たちが7人。

 

最初は2,3人からかな。と想像していたので

有り難かったし、感謝した。

 

日数を重ねると

それ以外の所からも「来たい」という話もチラホラと
聞こえるようにもなった。

 

でも、自分1人でやる人数は限界がある。

限られた時間と日数で1人でやる。ということは

必要なやるべきことが2倍に増える。ということだ。

 

想像以上にグッタリしてその日は終わる。

 

バタバタとあっという間に4月が終わり
ゴールデンウィークに入った。

 

ゴールデンウィーク中は

久しぶりの友だちの親睦会以外に

予定は入れず

ゆっくりと
5月からのことを色々準備したり考えよう。

仕事から離れて、気分転換することも必要だ。

体調を整えなければならない。

 

前の場所にいた時から

挑戦してみて、合わなかったら辞めたらいい。と思って入った。

数か月経った時

やっぱり合わないのかな。と悩み辞める気分が高まっても

辞めなかった。

 

乗り越えた。とも言えるが、

 

それよりも
ある同僚の行動や振る舞いの方が目立ってしまい
自分が辞めたいとか、続けたいとか。
考えなくなった。ということだったと思う。

 

気分が穏やかになったのは

そこに訪れてくれる人だった。

だからこそ

不安よりも
「やれるんじゃないか」という気分にもさせてもらったし
次の場所に行く決心もできた。

 

一人でやる大変さを味わっても
知っている人達に囲まれている安心感もあったかもしれない。

 

その安心感が

私が、人と関わる仕事をしている意識や緊張感を緩めたのだと思う。

 

一呼吸して自分を振り返っていたなら

 

まさか。のゴールデンウィークから始めることはなかった。

 

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